阪神

HANSHIN Dept. Store

企業
阪急阪神百貨店(エイチ・ツー・オー リテイリング)
本店
阪神梅田本店、大阪市梅田、大阪府
店舗数
4
百貨店の開店
1951年(阪神マートが阪神百貨店へ改組)
デザイナー
原田 祐馬、2021年

可憐な色彩表現と幸せを運ぶクローバー

紙袋

阪神百貨店の紙袋はクローバーのシンボルと左下に配置されたロゴタイプで構成されている。
可愛らしくも端正な四葉のクローバーはグラデーションによる繊細な色彩表現により、立体感が加えられている。また、左下のロゴタイプが金色に近く書体と相まって高級感を醸し出す。全体を通してスッキリとした清潔感と百貨店としての高級感を併せ持った高品質な紙袋だ。

阪神百貨店がシンボルにクローバーを採用したのはCIを導入した1977年。この時に現在まで使われているロゴタイプ、旧デザインの紙袋を併せて草刈順がデザインした。草刈順は西武百貨店のロゴやPARCOのアートディレクションなど百貨店関連の作例で知られるアートディレクター。
現在の紙袋は2021年に阪神梅田本店(梅田阪神ビル)の建て替えとリニューアルオープンを機に導入された。デザインはUMA/design farmを主宰する原田祐馬によるもの。
旧デザインもシンボルをはっきりと表した親しみやすいものであったが、本デザインは大衆百貨店として阪神百貨店のイメージをリニューアルしつつ可憐かつ現代的にリファインされた好例である。

阪神, 一般用 左下にロゴタイプ。落ち着いた構成がこの紙袋をより洗練させている
阪神, 一般用 左下にロゴタイプ。落ち着いた構成がこの紙袋をより洗練させている
阪神, 一般用 マチにもクローバーのモチーフ 全面で連続性のあるパターンを構成している
阪神, 一般用 マチにもクローバーのモチーフ 全面で連続性のあるパターンを構成している
阪神, 一般用
阪神, 一般用

紙袋の種類・つくり

種類

デザイン

サイズ展開

つくり

用途

有料/無料

一般用

クローバーと左下のロゴタイプで構成された一般デザイン

大中小の各5サイズ

MF
白の晒クラフト紙
紙平紐(サイズによって紙三本紐)

幅広く一般用途

無料
案内所にて取り扱いあり

食料品用

阪急百貨店が1950年代に用いていた包装紙のデザインを復刻したもの。阪急百貨店と共通で使用。

2サイズ、ボトル用

MF
未晒クラフト紙
紙三本紐

食料品売場・酒売場で使用

無料

「食の阪神」 関西を代表する普段使い百貨店

百貨店のあらまし

「服の阪急、食の阪神。」
大阪における阪急阪神の関係を表した言葉がある。
ファッションや特選品などハレの日に強い阪急百貨店に対して、阪神百貨店は食品や中価格帯品などの普段使い需要に注力してきた。
展開する店舗は梅田本店、阪神・にしのみや、阪神・御影、あまがさき阪神の4店舗。フルライン百貨店は梅田本店のみで、そのほかは食品を中心とした小型店。なかでも阪神・御影は売り場面積が800平米ほどと国内最小の百貨店。
経営は他の大手百貨店と比べて特に堅実。創業期より梅田本店では建物全体を百貨店とはせず、リスク回避のために映画館や貸事務所としての活用をすすめ、売り場も6割を専門店への委託として直営を避けた。高度経済成長期やバブル経済期においても他の百貨店と異なり、大規模な多店舗展開が見られない。
平成以降の消費低迷や市場縮小によって多店舗展開をすすめた百貨店が破綻や経営危機に瀕したなか、阪神百貨店はさほど経営を傾けることなくおさめている。

阪神梅田本店 白く美しいルーバーが特徴
阪神梅田本店 白く美しいルーバーが特徴

大衆百貨店としての歩みが日本一のデパ地下を生む

百貨店の成り立ち

本稿では阪神百貨店の開業を阪神マートから阪神百貨店へと改組した1951年としているが、阪神電鉄による百貨店開業の動きは昭和初期まで遡る。
1929年に阪神電鉄は百貨店用地として梅田駅前の土地2000坪を大阪市より分譲を求めている。同年、百貨店の営業計画として百貨店ビルを高島屋に賃貸する方針をとる。しかしながら、土地取得の遅れただけでなく、中小商業の保護を求める時流から百貨店協会が自制声明を出し、百貨店の出店や拡大を規制する百貨店法も成立した。このことから戦前の百貨店計画は頓挫する。
結局売り場は建物の地下一階の一部のみに設けられ、これが百貨店の前身である阪神マートとなる。

1951年に阪神百貨店へ改組し、売場を拡張。神戸風月堂の提案をもとに地元の有名食品店を集めた「阪神甘辛のれん街」を企画し、食品に強い百貨店としての取り組みがこの頃から始まっている。
1957年に阪神電鉄から分離、大阪神ビルの増築により本格的な百貨店としての営業を開始する。前述のとおり、当時は売場の6割を専門店への委託によって営業していたが、これは経営層と従業員が電鉄社員であり、他の百貨店とも提携せずに開業したことからノウハウがなかったことにも由来する。
当時の画期的な取り組みとして、ラインズ・ロビング・システムがある。これはアメリカのペンシルベニア鉄道にあったコーヒーショップより着想を得たもので、関連商品をひとつのカウンターや売場に集めた販売方式であった。現在では一般的な販売方式で、クロスMDに近いものといえる。
1976年から吹田市への新規出店と多店舗展開を模索したが、石油危機により断念。1977年に梅田本店では大丸出店計画や競争の激化に対応するため、ストアリフレッシュと題した大規模リニューアルを行っている。クローバーのシンボル、ロゴタイプや旧デザインの紙袋などのCIが草刈順によってデザインされたのもこのタイミングである。

旧デザインの一般用紙袋(1977年から2021年) CI導入で制作されたもので、草刈順によるデザイン
旧デザインの一般用紙袋(1977年から2021年) CI導入で制作されたもので、草刈順によるデザイン
旧デザインの一般用紙袋(1977年から2021年) 右上にロゴタイプとコピー
旧デザインの一般用紙袋(1977年から2021年) 右上にロゴタイプとコピー

「デパ地下」の誕生と経営統合

百貨店の転機・現在地

1991年に地階の食品売場を中心としたリニューアルを実施、食品売場の坪効率を大きく伸ばし、「日本一のデパ地下」と称されるきっかけとなった。デパ地下ブームの火付け役である。

2003年から阪神にしのみやを新規出店。これを端に売り場面積5000平米程度の小型店を阪神沿線に展開していく。
2007年には阪急と阪神の統合を受けてエイチ・ツー・オーリテイリングが発足。阪急百貨店と統合。電鉄系百貨店同士という点と通りを挟んで互いに本店を構える百貨店同士の経営統合は稀有な例であろう。阪急百貨店は長年の競合ではあったものの、統合はスムーズであった。阪神百貨店は創業以来、阪急との差別化を強く意識していたことから、売上の食い合いよりも統合による相乗効果の方が大きいように見える。

建て替え前の阪神梅田本店 2002年にリニューアルされた外装
建て替え前の阪神梅田本店 2002年にリニューアルされた外装

2022年に梅田本店、旧大阪神ビルの建て替えが完了し、新しい建物で全面開業した。昭和初期の歴史的な建築やバブル期に築かれた百貨店建築が多い中で、白いルーバーを纏った現代的な装いは紙袋と同様に清潔感と高級感というイメージを醸し出している。
最近は富裕層による消費拡大やインバウンド消費によって高価格帯の需要が大きく伸びている一方、阪神百貨店の強みである中価格帯品には需要が集まりづらい状況がある。
大衆百貨店という業態が忘れられつつある現代において、デパ地下需要にどこまで応えられるか。阪急百貨店といかに差別化し成長につなげれるかがこの百貨店に問われている。