
西武
SEIBU Dept. Store
- 企業
- そごう西武
- 本店
- 西武池袋本店, 豊島区池袋, 東京都
- 店舗数
- 6
- 百貨店の開店
- 1942年(武蔵野デパート開店)
- デザイナー
- 田中一光, 1972年
軽快かつ鮮烈な グラフィックが街を彩る
紙袋
西武の紙袋の特徴はこの蛇の目と配色が訴える軽快なグラフィックにある。
池袋や渋谷といった雑多な街の中でもこの紙袋ははっきりと目立ち、持つ人と見る人双方に洒落た印象を与える。 このデザインに対してレトロという評価もみられるが、現代デザインにもつながる抽象性と唯一とも言える配色はむしろ先駆的にも感じる。 どんなものを入れても映え、レトロでありながら先進的、街を鮮烈なイメージで彩るこのデザインは、紙袋デザインの傑作だ。


「縞に格子に水玉」 文様の原典から導くデザイン
デザインについて
デザインされたのは1972年。
西武池袋本店が第9期増築計画としてリニューアルを行った際に併せて制作されたものである。西武の現行ロゴタイプもこの時に制作された。 これ以前はスティグ・リンドベリによるデザインを使用していた。 制作は国際指名コンペで進められ、田中一光のほか、五十嵐威暢、福田茂雄、ミルトン・グレイザーといった権威あるデザイナーが参加した。 田中一光はこのコンペで現行のデザインを制作したが、採用者なしという結果が出ている。
しかし、その後当時渋谷店の店長であった増田通二が渋谷店限定で使用したところ評判が良く、全国で採用されることとなったという経緯。田中一光はこのデザインについて、「縞に格子に水玉」という文様の原典を挙げている。どれほど流行が撹乱してもいずれストライプ、チェック、ドットに戻ってくるというテキスタイルの考えをデザインに取り入れた。
デザインの骨格は制作当時より変化ないが、西武百貨店がそごうと経営統合したのちに、蛇の目のサイズと配置が廣村正彰によってリファインされている。


紙袋の種類・つくり
種類 | デザイン | サイズ展開 | つくり | 用途 | 有料/無料 |
|---|---|---|---|---|---|
一般用 | 青と緑の蛇の目模様、側面にロゴ。 | SMLの各3サイズ、デザイン同様でその他サイズ | MF | 幅広く一般用途 | 1枚11円 |
重量物用 | デザインは一般用と同じ。紙質が異なる | MとXLの各2サイズ | MF | 食料品売り場をはじめとした、重い商品を入れる際に使用 | 1枚11円 |
弔事用 | グレーと紫の蛇の目模様、側面にロゴ | 1サイズ | 一般用と同じ | 弔事用 | 1枚11円 |
特選用 | 黒地に西武のロゴのみ | 1サイズ | OF | 特選品をはじめとした一部売場 | 1枚100円 |
パルコ、ロフト、 無印良品、ファミリーマート。 消費文化をつくったセゾン。
百貨店のあらまし
西武百貨店は西武鉄道をルーツに持つことから電鉄系百貨店と見なされることが多い。 しかし、その歴史と経営を見るに電鉄系の枠を大きく超え、突出しているのは明らかだ。 西武百貨店はスーパーの西友を皮切りに多角化経営をすすめ、やがてセゾングループという一大流通グループを作り上げた。 1968年に池袋の東京丸物(百貨店)を買収し「パルコ」としてリニューアルさせたことは特筆すべき動き。 パルコは秀逸な広告戦略が注目され、西武百貨店の文化戦略と併せて「セゾン文化」と称される。 イメージや雰囲気を中心とした経営は「感性経営」とも呼ばれ西武百貨店の性格を形作ってゆく。

ノーブランドの訳あり品を安価で提供するラインとして始まった「無印良品」、 ニューヨークのSOHOから着想を得た雑貨店「ロフト」、 西友の小型実験店舗として展開されたコンビニ「ファミリーマート」、 西武百貨店のハウスカード「セゾンカード」、 音楽中心の番組構成で知られたラジオ局「J-WAVE」。 いまや利用したことがない人はいないような事業ばかりである これらの事業が現代の消費文化に残した影響は計り知れない。またこれらの企画やコンセプト策定にクリエイターが大きく関わっているにも注目する。西武百貨店は小売業として早くから一流のデザイナーを集め、デザイン委員会を立ち上げた。 無印良品やロフトのアートディレクションは田中一光を中心に、パルコの広告は石岡瑛子、西武百貨店の広告は浅葉克己の制作が有名である。 ディレクターの小池一子、イラストレーターの山口はるみ、多数の著名なクリエイターがセゾン文化の担い手となったことは記録すべき歴史だろう。

前衛的なマーケティングと積極的な店舗展開
百貨店の成り立ち
西武百貨店の創業は1940年。
池袋東口の菊屋デパートを堤康次郎率いる武蔵野鉄道が買収したことが始まり。武蔵野デパートと改称し、百貨店としての営業を始めた。 戦後の1949年に武蔵野鉄道が西武鉄道に改称し、併せて武蔵野デパートも西武百貨店となる。木造2階建ての店舗が完成。
西武百貨店は1950年代に増築を繰り返し、1955年に堤清二が店長に就く。 1963年にスーパーの西友ストアを立ち上げ、西武鉄道沿線に出店をすすめた。 1964年には地方百貨店29社とJMA(日本百貨店共同仕入機構)を発足。多店舗展開に合わせて地方百貨店の傘下化を進めてゆく。1968年に池袋本店となりの東京丸物を買収、ファッションビルのPARCOとしてリニューアルを行なった。
1971年に堤義明の西武鉄道グループと堤清二の西武流通グループが分立、西武鉄道傘下から事実上独立。 1975年に池袋本店で第9期改装工事が行われる。このときに現在のCI、包装紙の使用が始まった。また現在の別館に西武美術館が開館。改装には田中一光、福田繁雄、五十嵐威暢、秋山晶、草刈順、山口はるみ、多田美波などの著名なクリエイターが関わった。西武の文化戦略最盛期である。





小売に変革を起こすセゾン 業態の急拡大と崩壊
百貨店の転機
1980年から81年にかけて西友ストアから無印良品、ファミリーマートを設立。これらの優良な子会社はその後業態を拡大し、西武百貨店の業績を下支えすることとなる。
1982年、ハウスカードの西武カード(セゾンカード)を発行。1970年代後半より西武百貨店傘下となった月賦百貨店「緑屋」によるもの。
1985年、西武流通グループを西武セゾングループとした。セゾンの名称を広く使ったのはセゾンカードが初めてではあるが、実際には1967年から同社が発行している広報誌「せぞーん SAISON(四季)」に由来する。
1987年に渋谷にロフトをオープン、これは1970年代のフルラインナップの百貨店への限界から「七十貨店」を掲げた戦略の延長であり、大型専門店を百貨店内に設ける試みであった。
1990年代初頭より不況の煽りを受け、30店舗以上にのぼる多店舗展開が経営の重荷となる。不況により従来の文化戦略は消費者の価値観と乖離していった。1991年に堤清二がグループ代表を辞任。リゾート業や金融業などの不振事業が多額の負債を抱え、業績は下降線を辿ってゆく。
1996年から無印良品、ファミリマート、ロフトなどの子会社株を売却。2001年にセゾングループは解体され、この頃から西武が再建を支援していたそごうとの統合を模索する。
2004年、ミレニアムリテイリンググループとしてそごうと経営統合。


セゾン文化の夢、その跡
百貨店の現在地
2005年に流通大手のセブン&アイHDがミレニアムリテイリングの株式を取得。 セブン&アイHDが展開したロビンソン百貨店、そごう、西武が3社合併し、そごう西武となる。 その後は不採算店舗の赤字や市場の縮小に耐えられず、地方店舗を中心に閉店する状況が続いた。 2022年にセブン&アイHDは構造改革としてそごう西武の売却を発表。
紆余曲折ありつつ2023年9月にそごう西武は米国の投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループ(フォートレス)に売却された。 売却にあたってフォートレスは家電量販店ヨドバシカメラとパートナーを組み、西武池袋本店にヨドバシカメラを展開する予定とされている。2024年5月ごろより池袋本店は改装工事を行い、売場を大きく縮小して営業。 2024年10月時点で西武を称する店舗は秋田店、富山店、池袋本店、渋谷店、所沢SC、東戸塚SCの6店舗。
懐古的ではあるが、池袋にあるひとつのデパートがここまで多くの事業を展開した事実は驚くべきことだ。 無印良品やファミリーマートが人気を博す一方、かつて誰もが憧れた西武百貨店やセゾン文化の記憶は薄れつつある。 西武百貨店を知らずとも西武百貨店が作ったものは誰もが知っている。 彼らの「文化」がこの国の生活に根付いていることは疑いようもないだろう。 そんな百貨店が海外の投資会社や家電量販店に飲まれていくというのはとても寂しいことではないだろうか。

ガイド
● MFとOF
紙袋のつくりの種類。MFは大きなロール紙に印刷された後、裁断される。そのため袋の口部分がギザギザとしているのが特徴。OFは口部分を折り返して作られるためギザギザしていない。MFは安価な大量生産向け、OFは少量生産や持ち手の特殊加工などに用いられ高級感がある。
● 電鉄系百貨店
鉄道会社をルーツに持つ百貨店。昭和初期、駅の集客力に気づいた鉄道会社は駅前の敷地に百貨店を展開した。世界で初めて鉄道会社が展開した百貨店が阪急百貨店。そのほかに阪神百貨店、近鉄百貨店、東急百貨店、東武百貨店などがあたる。ターミナルデパートとも。
● 共同仕入れ機構
複数の百貨店が集まり、共同で商品を仕入れることで有利な取引条件やスケールメリットを働かせるための団体。仕入れだけでなく包装紙の統一、配送の規格化、海外ブランドの販売権や地方百貨店の系列化にも使われた。往年には多くの百貨店が共同仕入れ機構を立ち上げたが、現存するのは高島屋が幹事となるハイランドグループのみ。








